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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2071号 判決

控訴人 小松崎実

右訴訟代理人弁護士 飯塚芳夫

被控訴人 斎藤正

同 石田廣

右両名訴訟代理人弁護士 増田弘

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を、被控訴人ら代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、並びに証拠の提出、援用、認否は、被控訴人ら代理人において新たに甲第三三号証を提出し、当審鑑定人大西芳雄の鑑定の結果を援用し、後記乙第一一号証の成立は知らないと述べ、控訴代理人において乙第一一号証を提出し、当審証人森内重兵衛の証言及び当審鑑定人大西芳雄の鑑定の結果を援用し、前記甲第三三号証の成立を認めると述べたほかは、すべて原判決の事実摘示と同一である(但し、原判決四枚目表七行目から八行目にかけて「乙第一号証の一、二、第九号証の成立は不知。」とあるのを「乙第一号証の一、同第九号証の成立は知らない、同第一号証の二及び」と改める)からこれをここに引用する。

理由

一、原判決末尾添付別紙第一及び第二物件目録記載の各土地(以下第一土地及び第二各土地、総称して本件土地という)は訴外株木政一が公有水面埋立法(以下埋立法という)に基づく埋立免許を受けていた霞ケ浦の公有水面埋立地区の一部に存すること、昭和三二年三月頃控訴人先代貞之助らが株木から右地区の埋立権の譲渡を受けたこと、本件土地に対し埋立法に基づく竣功認可が同四一年六月三日されたので貞之助は同日その所有権を取得したこと、貞之助は同年六月七日死亡し控訴人がその権利義務を相続したこと、本件土地について同四三年四月三〇日付をもって控訴人のために所有権保存登記がされていること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、被控訴人石田は第一土地を、同斎藤は第二各土地をそれぞれ貞之助から売買により取得したと主張し、控訴人は、これを否認し、貞之助は控訴人らに対する借入金の譲渡担保として右各土地を引渡したにすぎないと争うので判断する。

当審鑑定人大西芳雄の鑑定の結果によると甲第三三号証中貞之助名下の印影と甲第四号証の同人名下の印影とが同一印鑑によって顕出されたこと及び甲第一、第三、第四各号証の筆蹟がいずれも同一人のものであることが認められる。そして、これらの事実に原審証人井関一夫の証言、原審における被控訴人両名の各本人尋問の結果(各第一、二回)を総合すると、昭和三二年六月一日及び同月五日貞之助は、訴外山本熊蔵とともに被控訴人石田方を訪ね同人方において甲第三号証及び同第四号証中右貞之助、山本の指印及び押印部分を除くその余の記載部分を筆書し、自己の名下に指印又は押印して(右山本は自己の名下に押印して)右各号証を完成し、これらを右各同日同被控訴人に手交したこと、また、同年七月六日貞之助は、右訴外人及び訴外井関一夫とともに被控訴人斎藤方を訪ね同人方において甲第一号証中右貞之助、山本、井関の各名下の指印、押印部分を除くその余の記載部分を手記し、自己の名下に指印して(右山本は押印し、右井関は指印して)右甲第一号証を完成し、これを同被控訴人に手交したものであり、よって前掲甲号各証はいずれも貞之助の意思で同人により作成された真正のものというべきであり、これに反する原審証人山本熊蔵の証言及び原審における控訴本人尋問の結果(第一回)は前掲各証拠に照らして措信できない。もっとも、前掲鑑定の結果には貞之助作成名義の乙第一一号証の手書部分の筆蹟と甲第一、第三、第四号各証の筆蹟とが別人による異筆であるとの意見も示されているが、該鑑定の結果部分は、右乙第一一号証の手書部分が貞之助によるものであることを前提とするところ、右事実の裏付けとしては当審証人森内重兵衛の証言が存するのみであってこれもにわかに措信しがたく、更に右甲号各証の作成日付は昭和三二年であるのに対し右乙第一一号証のそれは同四〇年でその間に約八年間の経過があり(貞之助の年令でみるに、成立に争いのない甲第二〇号証によると、同人は明治三六年八月二〇日生れであるから前者は五三才、後者は六三才の時である)、しかも貞之助は翌四一年六月七日には死亡している(このことは当事者間に争いがない)のであってその間における同人の筆蹟、健康状態等の推移を考慮すると、右乙第一一号証の真正な成立及びこれを前提とする前掲鑑定の結果部分は未だ右認定を左右するに足りず、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

そこで、右のとおり〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、

(1)貞之助らが訴外株木から譲渡を受けた前記埋立権は、もと訴外羽生剛ら三名が昭和一一年所管行政庁たる茨城県知事より免許を受けたものにかかり、その後いずれも同知事の譲渡許可を経て適法に株木、貞之助ほか三一名へと順次譲渡されたものである。

(2)前掲甲第一、第三、第四各号証の成立当時埋立工事は、すでに相当程度進捗しており、貞之助は後記のとおり本件土地の各登記地番を付されることとなる造成地の三区画の仮配分を受け、そのうちの二区画(第二各土地該当地)の一部分には田植えが試みられていた。

(3)貞之助は、昭和三二年六月一日被控訴人石田と、右三区画のうちの一区画の土地(第一土地該当地)について、その埋立権を整地費抜きの代金一五万円で売り渡す旨の契約を締結し、同日付の土地権利譲渡契約証(甲第三号証)を交付したが、その日は同被控訴人が内金として三、〇〇〇円を交付したにすぎず、残代金は同月五日支払いをしたところから、同五日重ねて右と同旨の書面(甲第四号証)を作成することとなった。また、貞之助は、同年七月六日被控訴人斎藤に対し、右残りの二区画(第二各土地該当地)について、その埋立権を作付けを含めた代金一七万八、〇〇〇円で売り渡す旨を約諾して右代金の支払いを受け、その頃右各土地をそれぞれ被控訴人らに引き渡した。

(4)被控訴人らは、その後それぞれ本件土地を耕作して今日に至っており、本件土地は農地であるが、その間本件土地等の所管組合として設立された牛堀土地改良区より組合員として取り扱われ、同改良区に対して組合費、償還費、換地処分費等の賦課金のほか、追認登記費をも納入してきた。

(5)ところで、埋立事業は昭和三三年三月頃には完成をみたものの、所定の竣功期限である同年七月三一日を徒過しても同改良区において竣功認可申請手続を懈怠していたため右免許は失効したところから、県所管課の指導もあって、組合員個々の権利移転の有無にかかわりなく、訴外株木より権利の一括譲渡について知事の許可を受けた者全員の名で公有水面埋立て追認を受け、埋立地に関する所有権保存登記も、一旦同人らの名義にしたうえで、あらためて現在の権利者たる譲受人らに対して所有権移転登記(いわゆる追認登記)手続を行なうこととなり、昭和四〇年四月一九日貞之助を含む前記三一名の名をもって茨城県知事に対して公有水面埋立て追認の申請をして、昭和四一年四月八日その旨の追認があり、同年六月三日には同県知事の竣功認可と該認可の告示がなされ、昭和四二年三月六日貞之助に仮配分された三区画の土地について見込み地番として本件土地の現地番が付されたうえで、前記のごとく控訴人のために所有権保存登記(地目は農地)がなされた。

以上の事実を認めることができる。

右認定の事実及び前記争いのない事実によると、貞之助は、被控訴人ら主張のごとく、本件土地を被控訴人らに売り渡す旨の契約をしたものと認めるべきである。もっとも、右売買契約は、埋立による土地を竣功認可以前に譲渡するものであるから、法律的には、本件土地にかかる埋立権の譲渡とみるほかないが、控訴人は右売買契約は埋立権の譲渡につき知事の許可を受けていないから無効であると主張する。しかし、知事の許可を受けていない埋立権の譲渡契約も、絶対的に無効ではなく、知事の許可を受けることを法定条件とする契約であって、許可を受けたときにその効力を生ずるものと解すべきであり、それ故、控訴人の右主張は、採用の限りでない。また、右埋立権は、前叙のとおり竣功認可期限の徒過によって失効したとはいえ、本件におけるごとく、埋立工事が相当程度進捗してすでに造成されたしかも仮配分までなされた土地について売買が行なわれた場合には、当事者の意図は、あくまでも買主をして将来本配分を受けるべき当該土地の所有権を取得させることにあるのであって、右のように法律的にはかかる売買契約も埋立権の譲渡契約と構成せざるを得ないとしても、それは、単なる法律技術の問題にすぎないばかりでなく、前記公有水面埋立て追認も、実質的には、さきの埋立権に付きなされた埋立工事しゆん工期限の伸長認可であり、追認によって新たに取得したと看做されるべき埋立権は、失効前の埋立権と同一の権利と観念すべきであるから、貞之助は、あたかも無権限で土地を譲渡した者が後日当該土地の所有権を取得した場合におけると同様に、前記売買契約の効力として、本件土地の所有権を取得したときから、被控訴人らに対して当該所有権を移転すべき義務を負うものと解するのが相当であり、同人の死亡により、その義務は、相続人である控訴人によって承継されたものといわなければならない。そして、本件土地は農地であること前記認定のとおりであるから、その移転については農地法第三条の規制を受けるべきである。なお、前掲甲第三〇号証の三及び茨城県知事の回答によると、同知事がした前記埋立て追認竣功認可には何らの免許条件も付されていなかったことが認められ、これに反する証拠はないから、本件埋立地の権利移転については、埋立法上は何らの制約を受けないものといわなければならない(公有水面埋立法の一部を改正する法律(昭和四十八年法律第八十四号)附則第二項、同法による改正前の埋立法第二七条)。

そうすると、控訴人は被控訴人両名に対し、それぞれ本件土地について農地法所定の許可申請をし、県知事の許可を受けた上でその所有権移転登記手続をすべき義務があるものといわなければならず、これを求める被控訴人両名の本訴請求はいずれも理由がある。

三、よって、右と同じ結論のもとに被控訴人両名の本訴請求を認容した原判決は正当であって本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項、第九五条、第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 古川純一 岩佐善已)

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